創造者のダンス

意識は創造を通してその姿を表す
我々が生きるこの世界は創造者のダンスだ

瞬く間にダンサーたちが現れては消える
だがそのダンスは生き続ける

踊っているとき、くりかえし
神聖な何かに触れられるのを感じた
そのとき、
僕は自分の魂が震え、
あらゆる存在とひとつになるのがわかる

僕は星になり、月になる
僕は愛する者になり、愛される者になる
僕は勝者になり、敗者になる
僕は君主になり、奴隷になる
僕は歌い手になり、歌になる
僕は知る者になり、知られる者になる

僕は踊り続け……それは永遠の創造のダンスになる
創造者と創造がひとつの喜びの中に溶けていく

僕は踊り……踊り……踊り続ける
そこにあるのはただ……ダンスだけ。

Michael Jackson“Dancing the Dream”(拙訳)

6月25日はマイケル・ジャクソンの命日でした。

彼のDancing the Dreamという詩集には、いわゆるスピリチュアルな内容の詩がたくさん収められていますが、中でも本のタイトルに使われるこの詩は、創造という行為の中で彼が「無我の境地」「梵我一如」を体験していたことを伺わせます。

私生活では非常にシャイだったマイケルが、ステージの上では緊張感と無縁でいられたというのも、「恥ずかしいな、不安だな」とか「僕うまいでしょ、すごいでしょ」みたいな意識から完全に解き放たれていたからなのでしょう。

優れたアスリートが最高のパフォーマンスを見せる時なども、同じような状態になると聞きます。

これに近いものに「フロー状態」がありますが、マイケルが語った状態はもっと進化しているような気がします。フロー状態は、音や人の気配など、ちょっとしたジャマが入ると壊れてしまうといわれますが、あの神がかったパフォーマンスを見ていると、その程度のことで集中力が途切れるとは思えません。

詩のタイトルが、Dancing in the Dreamではなく、Dancing the Dreamとなっているのも、なんとも深いです。彼は夢の中で踊っていたのではなく、夢そのものを踊っていたのです。

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