北京故宮博物院200選で見た自由奔放な筆跡

北京故宮博物院200選

昨日の日曜日は、東京国立博物館で開催されている「北京故宮博物院200選」へ出かけました。

中国の人もたくさん訪れていて、あちこちで中国語の会話も聞かれました。

会場は普通の混みぐあいでしたが、ミュージアムショップ脇の通路には長~い行列が。

これは、国外では初公開の「神品※」、「清明上河図」を「最前列で」見るために並んでいる人たちでした。(※カミシナではなくシンピンです)

私たちが行った時には1時間20分待ちとのことで、時間もそんなにないし、普通に見ましょうとそちらはパスしました。

書、水墨画、陶器・漆器をはじめとした工芸品など、素晴らしいものがたくさんありましたが、宋や元の時代の書が醸しだすオーラはやはりすごいもので、目が釘づけに。

端正な美しい書、独自の工夫が伝わってくる装飾的な書。。。流派によって手本とする書き方があるのはもちろんですが、やはり書いた本人の個性は隠しようもなく表れるものです。

写真は黄庭堅の「草書諸上座帖巻」の一部です。なんと自由な筆跡でしょう。しかし、ただ自由奔放なだけではありません。

「伊」の極度に長い払いは情念のほとばしりを示し、「九」の勢いよく跳ね上がった弧や文字の大小の変化は、並ではおさまらない強いエネルギーを表します。

そして、ゆったりとした気宇(へんとつくりの間の空間)や、随所にみられる深い奥行き(エネルギーが入って循環するスペース)から、懐深くさまざまなものを受け入れることができ、人をひきつける深みのある人格をそなえていたことがうかがえます。

書は人なりといいますが、本物の一流の書家は、やはり人格的にも優れていたといえそうです。(「本物の一流」と書いた意図をくみとっていただければ幸いです。)

もうひとつ驚いたのは、11世紀とか12世紀とかの古い時代の書や書画であっても、非常にきれいなまま残っていることです。さすが紙を発明した国、当時から上質な紙が使われていたのでしょうね。

例の神品の清明上河図は、長さは5メートルありますが、縦24センチという小さな作品で、寝かせるようにして展示してあるので、後ろのほうからだと上半分ぐらいしか見られませんでした。拡大パネルもあるのでどんな絵なのかはちゃんとわかりますが、実物を全部じっくり見たい人は並びましょう。

でも、魅力的な細密画はほかにもありましたし、どんなに目を凝らしても織物に見えない超絶細かい柄のタペストリーなどもあって、その表現力や緻密な仕事は感動モノです。

会場を歩きながら、昔の中国と今の中国、日本人と中国人の感性の違い、そして中国と「龍」の切っても切れない関係。。。等々、いろんなことを思いました。

ニュースの影響などもあって、ふだん他国を見る時、政治的な動きにばかり注目するようになっていた気がします。でも、その国の素晴らしい文化に触れると、また別の視点で考えるようになってきます。

根底に相手への尊敬の念があるのとないのとでは、国と国との関係も、まるきり違うものになってくるなぁ、とか。

北京故宮博物院200選の会期は2月19日(日)まで。清明上河図は期間限定で、1月24日(火)までの展示です。

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