「ちょっといいもの」はなぜよくないのか

「ちょといいわねぇ」と思ったら、買わないこと。「ちょっといいもの」は、ちょっといいだけだ。「ほんとうにいい」とか「心底惚れ込んだ」以外は買わない。ちょっといいものに目移りしていたらきりがない。ちょっといいものをたくさん買うよりは、ほんとうにいいものを一つ買う。
(下重暁子『持たない暮らし』)

数ヶ月に1回の割合で、家の中のものを減らしたい欲求がふつふつと湧いてきます。9月からまたそれが始まって、空いた時間に整理しています。

もともと、私は相当な雑貨好きです。

学生時代は、同じ趣味の友人と、今はなき雑誌『オリーブ』で紹介されているようなお店で、「可愛いもの」を買うのが大好きでした。
その後入った会社は輸入雑貨を扱っていて、社内セールではウソのようなお値段で小物や食器やタオル類などが買えたので、これもごっそり買い込みました。

それらは、今はもうほとんど手元にありません。
消耗品類はなんとか使いましたが、その他は人にあげたり、フリーマーケットで売ったりして手放してしまいました。捨てたものもあります。

嗜好って年代とともに変わっていきますよね。すごく気に入っていたものでさえ、飽きてしまうことがあります。まして、ちょっといいから、買えるからと、安易に手に入れたものならなおさらです。

しまいには、見るとイライラするようになってきたりして、ものに罪はないのに、申し訳なかったなぁと思うのです。

大ベストセラーのおかたづけ本『人生がときめく片づけの魔法』では、ものを残すかどうかを判断するのに「ときめくかどうか」を基準にするいいとアドバイスされているようです。

これも、「ちょっといい程度ではダメ」というのと近い考え方だと思います。たぶん、「ときめき」という言葉が感覚的にピンとくる人は、それだけで迷わずにものの選別ができてしまうでしょう。私もそのタイプですから、いいキーワードをもらえたと喜んでいます。(本は買っていませんが)

理想は、本当に好きなもののみ!まわりにある状態でしょうけど、家族と一緒に住んでいるとか、すべてのアイテムを買い換えるには財力が……とか、人によって現実的な事情というものもありますね。

誰でもすぐにできることは、少なくとも、見ると気が重くなったり、あまり好きじゃない。。。と思うようなものは、質的にも量的にも、できるだけなくしていくことでしょう。

それだけで、ずいぶん世界が変わります。これは、脳のストレスを減らし、自分を大切にできるようになるからです。

余談ですが、「ちょっといいものはよくない」とは、もともと白洲正子さんが下重さんにいつもおっしゃっていた言葉だそうです。

白洲さんといえば、骨董をはじめ、さまざまな分野において目利きで有名な方でした。でも、インタビューなどを読むと、客観的に見ていくら一級品であっても、自分が欲しくないものは欲しくないともおっしゃっています。

その白洲さんでも、ものがわかると言えるようになるまでかなりの時間がかかったそうですから、ものに対する迷いをなくすのは、思いのほか難しいことかもしれません。

それはきっと、自分を知らなくてはできないことだから。

今回はちょっといいものがなぜよくないか、について考えてみました。また別の機会に、「本当にいいものと暮らすのはなぜいいのか」についても考えてみたいと思います。

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