続・やたらと神社へ行くのは……

続・やたらと神社に行くのは

昨日の記事に書いたように、神社の参拝にあたっては、「無差別に行かないこと」「行く時にはそれなりの心構えをもつこと」を自分に課しています。

昔は私も、神社といえばお願い事をしに行く所というくらいの認識でしたが、あるときから見方が変わりました。

きっかけは、書く仕事を通じて、日本人の心のルーツとしての神道にふれたことでした。

興味を持てば自然にいろいろな知識や情報も入ってきますから、その中で少しずつ自分なりの認識ができてきた感じです。(どこか特定の組織に所属したりはしていません。念のため。)

神社は、もともと土地のエネルギーが良い(強い)所につくられてきたという背景があります。

でも、時を経る中で、周りの環境が変わったり、中には神社自体に誰かの手が加えられたケースもあって、みんながみんな昔の状態を維持できているわけではありません。

また、「思考」というのもエネルギーですから、もし、純粋な信仰心や祈りよりも個人の欲望や執念を持ち込む人のほうが多ければ、やはりそれに応じた場ができていくわけです。

これは参拝客だけでなく、そこを守る人たちも含めての話です(一部には、神職につきながら、神道の心とかけ離れた生き方をしている人もいるとかいないとか)。

そういう所へ行って「もらえるもの」って、本当に「ご利益」なのでしょうか?

良いパワーをもらいに行ったつもりが、かえって厄介なものをくっつけて帰ってきたりして。

<でも、これは私自身の経験ですが、昔、ある神社にご利益目当てで行ったものの、神殿の前に立ったとたん全部それを忘れてしまい、感謝と誓いの言葉だけを述べて帰ってきた。。。ということもありました。本当に清浄な気が保たれた場所には、そういう力があるのかもしれません。>

そんなわけで、有名だから、マスコミで紹介されていたから、あるいはたまたま通ったから、という理由で神社にお参りする気にはなれないのです。そしてどんな場合も、鳥居の前でなんとなく寒気がしたり、自分に合わないと感じたら、中へは入りません。

と、こちらが一方的に選ぶ側みたいに書いていますが、神社(神様)のほうでも、本当は来る人を選びたいかもしれません(笑)

はしゃいで写真だけ撮って参拝しないで帰るとか、お砂取りと称して地面を掘ってしまうとか、神事と称して勝手にエネルギーワーク?をするとか、そういう人もいるようですから。

最低限、その神社の成り立ちやそこに祀られている神様を調べて行くなり、それができなくても現地で説明書きをしっかり読むなりした上で、ルールを守ってご挨拶をしたいものです。

自分の経験でも、そうすると心構えが変わるのを感じましたし、神様の名前を入り口に、神話や歴史にも興味が広がるというおまけもついてきました。

日本の神話や歴史を知るということは、日本と日本人についてより深く知ることにつながるので、そういう意味でも本当におすすめです。

*画像は、セッションなどでも使用している「日本の神様カード」の中の一枚です。

2 comments

  1. 秋月美南 says:

    akoさん、はじめまして^^
    ご訪問ありがとうございます!
    「私の悩みなんて自分の欲でしかない」。。。
    悩みに埋没しない知性をお持ちだからこそ気づかれたのでしょう。
    欲にもいろいろありますし、自他にプラスに作用するものなら
    おおいにあっていいとも思います。
    一番まずいのは、欲にかられて他のものが見えなくなることですよね^^;
    はい、ぜひまた遊びにいらしてください。ありがとうございます^^

  2. ako says:

    初めまして。
    今日初めてこちらを拝見させて頂きました。
    色々な記事も読ませて頂き、心が温まりました。

    この神社の記事ですが、私にも経験がありました。(勝手に自分で思っているだけかもしれませんが)
    今春京都の神社に伺った時に自分の願いを書くと叶います。とありました。
    早速私も書こうと思った所、私の悩みなんて自分の欲でしかない事に気がつきました。
    反省した事を今でも覚えています。
    これからも拝見させて頂きます。ありがとうございます。

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